スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 発熱の翌日(11/3)には室長の熱は37度半ばまでに下がり,一安心。一時はノロウィルス,o157なども疑われ,ご夫婦と同じフロアの居住者の移動禁止まで行われたそうです。
 今は解除されたそうですが,体への負担や外からの菌の持込みを排除するため,しばらくの間,面会はNGとのことです。
             *
 室長不在の板研と仮説会館ですが,一昨年の今日,高田馬場からここに引っ越してきました。
 その時も室長は不在(入院中)でしたが,退院後は毎日のように通勤され,研究室での日々を楽しみにされてきました。そこで1周年を祝う会を開催して,板研と仮説会館の活動を盛り上げ,室長にも喜んでもらおうと企画中。ご期待ください。
スポンサーサイト

仮説社の新社屋

 板研の階下にあった,室長の本を多く出版する仮説社の新社屋に行ってきました。
 連休前にここ(豊島区巣鴨1-14-5 第一松岡ビル3階,電話03-6902-2121)に引っ越し,今日10月13日が最初の営業日。
 まず驚いたのは,エレベータの扉が開くと,目の前に仮説社の売り場があったこと。それにキレイな陳列棚。なんだか別会社みたい。
仮説社1
 社屋側から撮影すると,こんな感じ。
仮説社3
 まだ段ボールが山積みされてます。
 また,売り場の隣りには社員の皆さんの仕事場があります。
仮説社2
 社屋の引っ越しは終わっても〆切りは引っ越せないので,社員の皆さんは机を片付けて業務再開したのでした。

 この新社屋は,JR山手線・都営三田線「巣鴨」駅(南口)から徒歩2分の場所で,10月23~25日に「仮説社フェア」を行うそうです。室長の本を求めにお出かけください。

日本で最初の「科学の碑」

 日本有数の豪雪地帯=新潟県魚沼市にある東養寺(魚沼市大沢73)の裏山に,日本で最初の「科学の碑(別名:仮説と実験の碑)」がある。
科学の碑

 その碑には「科学それは大いなる空想をともなう仮説とともに生まれ討論・実験を経て大衆のものとなってはじめて真理となる」という言葉と,「科学は民主的な社会にのみ生まれ民主的な社会を守り育てる」という言葉が黒い大理石の銘板に刻んである。
 また,その脇碑には「科学の碑由来記」として,
「人類は科学によってはじめて,〈人々の意見が違うことのすばらしさ〉を発見することができました。いろいろな人がさまざまな意見をもっていてはじめて,思わぬ真実が発見されてきたのです。そこで,科学は民主主義──少数意見の尊重と歩を一にしてきました。
 私たち仮説実験授業研究会を中心とする人々は,1963年以来27年ほどの間,そのような科学をみんなのものとするために,学校や社会の中で努力してきました。そして,〈たのしい科学の伝統〉を日本の学校や社会の一部によみがえらせることができたと自負しています。
 しかし,日本ではこれまで科学というと,一般の人々には親しみのもてないものと思われてきました。そこで私たちは,これまでの私たちの仕事の成果を記念し,かつ今後の仕事の発展を期して,この〈科学の碑〉を建設することにしました。そして,その周りの森には〈科学の森〉にふさわしい施設をととのえ,ともすれば誤解されがちな科学の性格を多くの人々に訴えることにしました。
 1990年5月4日 設立委員会代表 板倉聖宣」とある。
 室長は今年,科学史学会会長に立候補して,たのしい科学の普及をさらに推し進めようとしてる。そんな折り,仮説実験授業研究会の会員で,科学のモニュメント設立を提案し,それを進めてきた東養寺の住職が本日亡くなった。
 科学のモニュメント構想はその後,1993年に科学の碑記念会館ができ,室長の蔵書を収める資料館ともなっている(蔵書は有志によるコピーサービスも可)。
 ご冥福をお祈りするとともに,10年前に作成した「科学の碑散策地図」を捧げます。
科学の碑散策図
プロフィール

 machiya

Author: machiya
 私立板倉研究室の室員(自称)です。

 板倉研究室は
〠182-0024
調布市布田4丁目5-5
ラフィーネ調布2番街
101号室に移転しました。
電話 042-444-0586
場所や地図は10/2911/1の記事をご覧ください。

 左の青い文字にはリンクを付けています。
 感想・問合せは,記事下の日付の後ろにあるCommentをクリックした先の「コメントの投稿」にどうぞ。

最新記事
来訪者数
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。